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京都地方裁判所 平成2年(ワ)2291号 判決

甲事件原告(反訴乙事件被告、反訴丙事件被告)

株式会社中村

右代表者代表取締役

中村徳博

右訴訟代理人弁護士

深尾憲一

甲事件被告(反訴乙事件原告)

株式会社富士貿易

右代表者代表取締役

小宮貴雄

甲事件被告(反訴丙事件原告)

小宮貴雄

右二名訴訟代理人弁護士

宗田親彦

右同

秋山知文

主文

一  甲事件被告らは、甲事件原告に対し、各自、金一、九九五万三、七九七円及びこれに対する平成二年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告の甲事件被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  反訴乙事件被告(甲事件原告)は、反訴乙事件原告(甲事件被告)株式会社富士貿易に対し、金七九六万二、七八三円及びこれに対する平成二年一〇月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  反訴乙事件原告株式会社富士貿易の反訴乙事件被告に対するその余の反訴乙事件の請求を棄却する。

五  反訴丙事件原告小宮貴雄の反訴丙事件被告に対する反訴丙事件の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、本訴(甲事件)、反訴(反訴乙、反訴丙事件)を通じ、これを六分し、その一を甲事件被告ら(反訴乙、反訴丙事件原告ら)の負担とし、その余を甲事件原告(反訴乙、反訴丙事件被告)の負担とする。

七  この判決は、第一、三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件(損害賠償本訴請求事件)

甲事件被告ら(反訴乙、丙事件原告ら)(以下、このうち、株式会社富士貿易を被告会社と、小宮貴雄を被告小宮という)は、甲事件原告(反訴乙、反訴丙事件被告、以下、原告という)に対し、各自、金五、九三六万四、六五七円及びこれに対する平成二年五月八日(最終訴状送達日の翌日)から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴乙事件(手数料等反訴請求事件)

原告は、被告会社に対し、金一、一〇五万五、一三四円及びこれに対する平成二年一〇月二七日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  反訴丙事件(立替金反訴請求事件)

原告は、被告小宮に対し、金四〇万六、六一四円及びこれに対する平成三年五月一一日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

1  甲事件(損害賠償本訴請求事件)

甲事件は、原告が被告会社に対し、「中国上海マグリア高級服装有限公司向け合弁企業管理代行に係わる業務協力取り決め書」という契約(以下、企業管理代行委託契約という)の債務不履行に基づき、被告小宮に対し、同被告と原告との間で成立した和解契約に基づき、それぞれ損害金の支払いを求めた損害賠償請求事件である。そして、原告は、被告らに対し、全損害額金五、九三九万九、五二九円のうち、その一部である金五、九三六万四、六五七円を請求するとしている。

2  反訴乙事件(手数料等反訴請求事件)

反訴乙事件は、被告会社が原告に対し、手数料(口銭)、売買残代金等を請求した甲事件に対する反訴請求事件である。

3  反訴丙事件(立替金反訴請求事件)

反訴丙事件は、被告小宮が原告に対し、上海のホテル滞在費の立替金を請求する甲事件に対する反訴請求事件である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  当事者

(一) 昭和四八年、原告は、婦人衣料の製造加工等を目的とする株式会社として設立された(旧商号株式会社中村刺繍)。中村徳博(以下、原告代表者中村という)は、原告の代表取締役である。

(二) 昭和五七年一〇月、株式会社サン・ソレーユ(以下、サン・ソレーユという)は、婦人服の卸売を目的とする株式会社として設立された。北村栄一(以下、北村という)は、サン・ソレーユの代表取締役であった。

平成二年七月、サン・ソレーユは破産宣告を受けた。

(三) 昭和六〇年八月一日、被告会社は、精密電子、工業用電気及び工作機械のプラント並びに電化製品の輸出入等を目的とする株式会社として設立された。被告小宮は、被告会社の代表取締役である。

(四) 昭和六二年八月二一日、中国上海マグリア高級服装有限公司(以下、マグリアという)は、原告と中国資本との合弁会社として設立された。マグリアは、本社を上海に置き、化学繊維、混紡、羊毛を主原料とする高級ニット製品を生産することを主たる目的とする。

2  企業管理代行委託契約の締結

昭和六三年七月一日、原告は、被告会社との間でマグリアの業務に関する概要次の内容の企業管理代行委託契約を締結した(甲一)。

(一) 業務内容(一条)

(1) 被告会社は、原告の代理人としてマグリアのすべての日常業務経営を管理する。

(2) 被告会社は、原告からの指示及び苦情を受け、中国側との交渉窓口となる。

(3) 被告会社は、本件取引における輸出商品及び輸入商品の業務代理となる。

(4) 被告会社は、右業務を行うため、日本語と中国語が両方堪能で経営管理能力のある者二名を上海に派遣して常駐させる。

(5) 被告会社は、右の業務進行情況に関し常に原告に報告する。

(二) 費用負担(二条)

(1) 原告は、被告会社に対し、企業管理代行費用として一か月金三〇万円を支払う。

(2) 原告は、被告会社に対し、被告会社がマグリアから原告に輸入した商品の代金の一〇ないし一五パーセントを口銭(手数料)として支払う。

三  争点

(甲事件)

1 被告会社の原告に対する交渉経過報告等の義務の有無。

被告会社は、(1)上海聯合紡織(集団)有限公司(以下、上海有限公司という)とマグリアとの間の平成元年四月二二日付のカシミヤ糸の売買契約(以下、甲第三号証の契約という)の交渉窓口(交渉代行者)となったか否か。(2)交渉窓口となった場合、被告会社には、企業管理代行委託契約の趣旨に基づき、甲第三号証の契約に基づき原告に対し、交渉経過を報告し、原告の指値等の指示に従う義務があった否か。

2 カシミヤ糸の仕入にあたり原告の指値に従う義務の有無。

甲第三号証の契約に際し、(1)原告から被告会社に一〇〇パーセントカシミヤ糸を一キログラム当たり金八、〇〇〇円で仕入れるべき旨の指値があったか否か。あったとすれば、(2)被告会社に、マグリアに上海有限公司からカシミヤ糸を仕入れるに当たり右指値に従うべき義務があったか否か。

3 本件売買契約の当事者、被告会社の義務違反の有無。

上海有限公司とマグリアとの間の甲第三号証の契約は、契約当事者が、同じ日付のカシミヤ糸の売買変更契約(以下、甲第四号証の契約という)によって事後的に変更されたか。即ち、買主がマグリアから原告に変更され、上海有限公司と原告との間の直接取引となったか否か。もし、直接取引となった場合、その後も被告会社に右争点1、2の義務が存続するか否か。又、甲第三号証の契約に際し、被告会社に争点1、2の義務違反が認められるか否か。

4 損害額。

甲第三号証の契約における一キログラム当たりの実際の仕入額と原告の指値である一キログラム当たり金八、〇〇〇円との差額全額が原告の損害となるか。

5 原告、被告小宮間の和解契約の成否、その効力。

被告小宮が、原告との間で甲第三号証の契約に関する損害賠償金を支払う旨の平成元年一一月六日付和解契約(甲五)を締結したか否か。又、その効力が認められるか否か。

(反訴乙事件)

6 被告会社の原告に対する手数料等の債権の存否。

被告会社が、原告に対し、企業管理代行委託契約に基づく手数料、企業管理代行費用等の債権を有するか否か。

(反訴丙事件)

7 被告小宮の原告に対する立替金の債権の存否。

被告小宮が、原告に対し、上海オリンピックホテル滞在費の立替金の債権を有するか否か。

四  争点に関する当事者の主張

1  甲事件(損害賠償本訴請求事件)

(一) 被告会社の責任

(1) 原告の主張(請求原因)

イ 被告会社の原告に対する交渉経過報告等の義務の有無(争点1)

被告会社の代表者被告小宮は、企業管理代行委託契約に基づき、原告会社から日本語と中国語が両方堪能で経営管理能力のある者として上海に派遣され、マグリアの日常業務を適切に処理する立場にあった。

そこで、甲第三号証の契約についても、上海における買付先の選定やその交渉を行う等の中国側の交渉窓口となった。

被告会社は、マグリアの業務経営に関し、その裁量の余地は殆どない。企業管理代行委託契約の趣旨に基づき、原告に業務進行情況を報告し、その指示に従うべきものとされていた。だから、甲第三号証の契約においても、原告にその交渉経過、内容を逐一報告し、原告の指値等の指示に従う義務がある。

ロ カシミヤ糸の仕入にあたり原告の指値に従う義務の有無(争点2)

被告会社には、原告に対し、カシミヤ糸の取引の交渉経過、内容を逐一報告し、原告の指値等に従う義務がある。そして、原告は、一キログラム当たり金八、〇〇〇円の単価による指値をした。被告小宮は、これを了承したうえ、平成元年一月一二日、被告会社から原告に対し、上海一七廠紡績工場(以下、一七廠という)からカシミヤ糸を一キログラム当たり金八、〇〇〇円で仕入れができる旨の連絡をした。ところが、そのカシミヤ糸の品質が原告の要求に合わなかったため、原告は、被告小宮に対し、一〇〇パーセントカシミヤ糸の品質を有するものを従前指示した単価で仕入れをするように指値をした。被告小宮は、この指値を承認して買付先を探し、上海有限公司から一〇〇パーセントカシミヤ糸が一キログラム当たり金八、〇〇〇円で仕入れができる旨を原告に連絡した。そこで、原告は、その単価で契約を締結することを認めた。

このように、被告会社には、原告の右指値に従い、マグリアに対し、一〇〇パーセントカシミヤ糸を仕入れるに当たり一キログラム当たり金八、〇〇〇円の指値に従う義務がある。

ハ 本件売買契約の当事者、被告会社の義務違反の有無(争点3)

平成元年四月二二日、被告小宮は、マグリアの代表者として一キログラム当たり金八、〇〇〇円の指値をはるかに上回る一LBS(ポンド=453.59グラム)当たり六七USドル(契約時のレートである一ドル、一二八円で換算すると、一キログラム当たり金一万八、九〇六円)という高い価格で上海有限公司と甲第三号証の契約を締結した。

その後、原告は、甲第四号証の契約書面に署名したが、これは、原告が形式上、本件売買契約の当事者となった方が中国の税制上有利であるとの被告小宮の助言に従ったにすぎず、このことをもって契約当事者がマグリアから原告に変更されたものではない。

したがって、甲第三号証の契約は、マグリアと上海有限公司との間で締結されたもので本件売買契約の当事者はこの両者である。そして、この契約は、被告会社が、原告の指示に従い、マグリアにカシミヤ糸を仕入れさせるに当たり一キログラム当たり金八、〇〇〇円の指値に従うべき争点1、2の義務に違反するものである。

ニ 損害の有無と額(争点4)

(イ) 本件売買契約の結果、マグリアが高額の仕入れを余儀なくされたカシミヤ糸は、次のとおり、平成元年八月二八日の返品分を差し引いた総計一万二、007.4LBS(五、446.5キログラム)である。

平成元年四月二六日

29.4LBS。

五月五日九五〇LBS。

五月二〇日九一三LBS。

六月一九日

一、四七〇LBS。

七月二五日

六、六二九LBS。

八月二五日

二、〇七四LBS。

(返品)八月二八日 五八LBS。

(ロ) 契約当時のレートである一ドル一二八円で換算すると、一キログラム当たり金一万八、九〇六円になる。これから一キログラム当たり金八、〇〇〇円を差し引いた差額にマグリアが仕入れた前示カシミヤ糸の総計5,446.5キログラムを乗ずると、金五、九三九万九、五二九円となり、これがマグリアに生じた損害である。

(ハ) 平成元年一一月二二日、原告は、合弁契約の趣旨に従い、合弁企業であるマグリアに対し右(ロ)の損害相当分を支払う旨の合意をせざるを得なくなり、右支払義務を負担した。

そして、被告会社は、甲第三号証の契約の際、合弁契約の存在を知っており、原告に右支払義務の負担が生ずることを予見できたのであるから、被告会社には相当因果関係の範囲にある右損害の賠償責任がある。

(2) 被告会社の主張(請求原因の認否・抗弁)

(認否)

イ 被告会社の原告に対する交渉経過報告等の義務の有無(争点1)

甲第三号証の契約のようなカシミヤ糸の買付行為は、今回、初めて行われたものである。本件取引以前は原告がマグリアに日本から原材料を送り、中国本土で加工したものを再び日本に送り返すという取引を行っていた。したがって、企業管理代行委託契約には、そもそも中国本土でカシミヤ糸の買付をする行為は含まれていない。しかも、企業管理代行委託契約には、原告の指値等の指示に従う義務は明記されていない。

これらに照らし、被告会社には、原告に対し、甲第三号証の契約につきその交渉経過や内容を逐一報告したり、原告の指示を受けてこれに従う義務がないことが明らかである。

ロ カシミヤ糸の仕入にあたり原告の指値に従う義務の有無(争点2)

原告主張の一キログラム当たり金八、〇〇〇円の単価は、上海有限公司との甲第三号証の契約ではなく、それ以前の一七廠との取引において提示されたものである。そして、一七廠のカシミヤ糸は、一〇〇パーセントカシミヤより純度の低い製品であったため、原告は、一七廠との取引をしなかった。だから、原告は、一〇〇パーセントカシミヤ糸が一キログラム当たり金八、〇〇〇円の単価で仕入れることができないことを十分分かっていた。

したがって、原告が、被告会社に対し、一〇〇パーセントカシミヤ糸を一キログラム当たり金八、〇〇〇円でマグリアに仕入れができるように指値等の指示をしたことはない。そうであるから、被告会社は原告に対し、一〇〇パーセントカシミヤ糸を右の単価で仕入れることができると連絡したこともない。

ハ 本件売買契約の当事者、被告会社の義務違反の有無(争点3)

平成元年四月二二日、上海有限公司とマグリアとの間で甲第三号証の契約が締結され、いったんは、マグリアが本件売買契約の買主となった。しかし、中国の法制では、マグリアのような中国で設立された合弁会社には、当該取引につき課税されるが、原告が直接買主となれば課税されないことになっている。そこで、原告、上海有限公司、マグリアの三者は、甲第四号証の契約を締結し、契約当事者をマグリアから原告に変更した。即ち、甲第三号証の契約は、甲第四号証の契約が成立したときには、自動的に甲第四号証の契約に一本化されて、その契約の買主が原告に変更されたのである。

このように、甲第三号証の契約が原告との直接取引(甲四)になった場合、被告会社には、そもそもマグリアの業務につきなされた企業管理代行委託契約に基づく前記の争点1の義務(被告会社の原告に対する交渉経過報告等の義務)や争点2の義務(カシミヤ糸の仕入にあたり原告の指値に従う義務)はなく、その義務違反も認められない。

ニ 損害の有無と額(争点4)

原告は、本件売買契約における一キログラム当たりの実際の仕入価額と一キログラム当たり金八、〇〇〇円の指値との差額全額が損害であると主張する。しかし、原告はその販売先であるサン・ソレーユへの卸売価格の調整によってカシミヤ糸の仕入れ価額上昇による右損害を解消することが可能なものだから、原告の損害は単純な単価の差額の合計ではない。

(抗弁)

ホ 過失相殺(争点4)

原告には、本件の損害発生につき、次の過失がある。

(イ) 平成元年四月二二日、原告代表者中村は、甲第三号証の契約に立会っていたにもかかわらず、その単価につき異議を述べなかった。

(ロ) 同日、原告代表者中村は、宿泊先のホテルに帰った後、キロとポンドの単位の間違いを発見したにもかかわらず、上海有限公司と再交渉をしないで甲第三号証の契約を履行した。

(3) 原告の主張(争点4―過失相殺の抗弁の認否)

右(2)ホを争う。

(二) 被告小宮の責任

(1) 原告の主張(請求原因)(争点5―原告、被告小宮間の和解契約の成否、その効力)

イ 本件の損害賠償に関する紛争の存在

被告会社の代表者小宮は、原告の指値等の指示に反してマグリアに一キログラム当たり金八、〇〇〇円の指値をはるかに上回る高額でカシミヤ糸の仕入れをさせた。その結果、マグリアに原告の指値と実際の仕入価額との差額相当分の損害が生じ、原告は、マグリアとの合弁契約の趣旨に従って右損害の支払義務を負担した。そこで、被告会社の代表者である被告小宮は、原告から個人として右損害賠償の責任を追及され、その間に紛争が生じた。

ロ 和解契約の成立

平成元年一一月六日、被告小宮は、原告との間で右紛争に関し右損害賠償につき一切の責任を負うことを約し、他方、原告は、その支払義務の履行を一時猶予することとして互いに譲歩し、甲第五号証の念書を作成して本件損害賠償に関する和解契約を締結した。

(2) 被告小宮の主張(請求原因の認否・抗弁)

イ 認否(原告の争点5の主張に対し)

右(1)ロの事実を争う。

ロ 抗弁(虚偽表示―原告の争点5の主張に対し)

甲第五号証の念書は、被告小宮が原告に対し、本件の損害賠償責任を自認するものではなく、北村の金融機関提出用に作成したものである。即ち、原告がマグリアから仕入れた商品を納品していたサン・ソレーユが経営不振に陥っており、その代表者である北村が取引銀行に借入金返済資金の目途を説明し、納得してもらうために原告と被告小宮が相謀って甲第五号証を作成したものである。被告小宮は、甲第五号証は北村が金融機関に説明するための形式的な書面であること、同書面には、「履行については今後の話合いとします」とあり、この念書に基づく現実の支払をする必要はないと考えられたことから同書面にマグリアの名で署名した。

このように、被告小宮と原告は、右和解契約を締結する際、その法的効果を発生させない旨の合意をしたから、右和解契約は虚偽表示によるもので無効である。

(3) 原告の主張(虚偽表示の抗弁の認否)

右主張を争う。

2  反訴乙事件(手数料等反訴請求事件)

(一) 被告会社の主張(請求原因・争点6―被告会社の原告に対する手数料等の債権の存否)

(1) 口銭(手数料)、企業管理代行費用

イ 企業管理代行委託契約の締結

昭和六三年七月一日、原告は、被告会社との間でマグリアの企業管理の代行に関し、次のとおり、企業管理代行委託契約(甲一)を締結した。

(イ) 原告は、被告会社に対し、企業管理代行費用として毎月三〇万円を支払う(二条一項)。

(ロ) 原告は、企業管理代行費用を毎月末日に限り、被告会社の指定する銀行口座へ送金して支払う(三条一項)。

(ハ) 被告会社は、原告の代理人としてマグリアからの商品を輸入する業務を行う(一条三項)。

(ニ) 原告は、被告会社に対し、マグリアから原告に輸入した商品の量に応じて、その代金の一〇パーセントないし一五パーセントの口銭(手数料)を支払う(二条二項)。

① 年間二、〇〇〇着の場合

一五パーセント

② 年間三、〇〇〇着の場合

一五パーセント

③ 年間五、〇〇〇着の場合

一〇パーセント

④ 年間七、〇〇〇着の場合

一〇パーセント

(ホ) 原告は、輸入商品代金及び口銭を原告が商品入手後一か月以内に被告会社の指定する銀行口座に送金して支払う(三条二項)。

ロ 企業管理代行費用

平成元年八月から同年一一月が経過したから、被告会社は、原告に対し、右四か月分合計金一二〇万円の企業管理代行費用債権を有している。

ハ マグリアからの商品輸入の口銭

(イ) 平成元年七月二六日から同年九月二〇日までに、被告会社は、原告の代理人として別紙一1記載のとおり、マグリアから契約数合計一五口、売買代金合計金二、九二五万九、〇〇〇円の商品を輸入した。よって、被告会社は、原告に対し、前示口銭支払約束に基づき右売買代金合計の一五パーセントに相当する金四三八万八、八五〇円の口銭債権を有している。

(ロ) 平成元年九月三〇日から同年一〇月一二日までに、被告会社は、原告の代理人として別紙一2記載のとおり、マグリアから契約数合計三口、売買代金合計金一、六七〇万一、三〇〇円の商品を輸入した。よって、被告会社は、原告に対し、右売買代金合計の一五パーセントに相当する金二五〇万五、一九五円の口銭債権を有している。

(ハ) 平成元年一〇月二〇日から同年一一月一〇日までに、被告会社は、原告の代理人として別紙一3記載のとおり、マグリアから契約数合計七口、売買代金合計金七六一万三、一〇〇円の商品を輸入した。

よって、被告会社は、原告に対し、右売買代金合計の一五パーセントに相当する金一一四万一、九六五円の口銭債権を有している。

(2) スワトー刺繍の売買代金

イ 原告と被告会社は、原告を買主、被告会社を売主として別紙二記載のとおり、スワトー刺繍合計一五種類、売買代金合計金四三六万〇、六六二円(消費税及び諸雑費を含む)の売買契約を締結した。

ロ よって、被告会社は、原告に対し、右売買代金のうち、支払済みの金三〇四万九、一一四円を控除した金一三一万一、五四八円の残代金債権を有している。

(3) 運送費用の立替金

イ 被告会社は、原告と締結した前示企業管理代行委託契約(甲一)の一条三項に基づき、原告の委任を受け、マグリアへの商品輸出の業務を行っている。

ロ 被告会社は、マグリアへの細シルクの輸出手続を行い、平成元年一〇月一二日、右輸出に要した運送費用金一万七、三九一円を、同年一一月六日に同じく運送費用金一万九、〇一一円を委任事務に必要な費用として支出した。

ハ よって、被告会社は、原告に対し、合計金三万六、四〇二円の立替金債権を有している。

(4) マグリアの事務用品、カレンダー印刷費用等

イ 被告会社は、原告と締結した前示企業管理代行委託契約(甲一)の一条一項に基づき、原告の委任を受け、マグリアの日常業務経営を管理している。

ロ 被告会社は、右マグリアの管理業務を遂行するうえで必要な費用として、別紙三の被告会社主張金額欄記載のとおり、マグリアの事務用品、カレンダー印刷費用等を支出した。

ハ よって、被告会社は、原告に対し、合計金四七万一、一七四円の立替金債権を有している。

(二) 原告の主張(請求原因の認否)

企業管理代行委託契約の締結を認めるが、その余の主張を争う。

3  反訴丙事件(立替金反訴請求事件)

(一) 被告小宮の主張(請求原因・争点7―被告小宮の原告に対する立替金債権の存否)

(1) 被告小宮、マグリアの業務管理のため、平成元年一一月四日まで上海オリンピックホテルに滞在し、そのホテル代金四〇万六、六一四円を支払った。

(2) 右費用は、マグリアの業務管理に必要な費用であったため、原告は、被告小宮に対し、右立替金を支払うことを約した。

(3) よって、被告小宮は、原告に対し、金四〇万六、六一四円の立替金債権を有している。

(二) 原告の主張(請求原因の認否)

右主張を争う。

第三  争点の判断

一  甲事件(損害賠償本訴請求事件)

(被告会社の責任)

1 被告会社の原告に対する交渉経過報告等の義務の有無(争点1)、カシミヤ糸の仕入にあたり原告の指値に従う義務の有無(争点2)の検討

(一) 事実の認定

甲一ないし三、九ないし一二、一四、一七ないし一九、乙四、五の各1、2、二四ないし二七、二八の1、2、二九の1ないし6、三五の1、2、証人北村、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回)、前示第二の二の前提事実(争いがない事実)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(1) 被告小宮は、原告の社員八木光洋から、マグリアの設立手続に関するトラブルの相談を受けて、これを解決した。それ以来、右八木を通じて原告代表者中村と知り合うようになった(甲九、乙二四ないし二七、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回)、弁論の全趣旨)。

(2) 被告小宮は、中国語が堪能であり、被告会社の代表取締役でもあって中国からの輸出入等の貿易に関する手続につき経験が豊富であった(乙二四、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))。

(3) 昭和六三年七月一日、原告は、被告会社との間でマグリアの業務につき企業管理代行委託契約を締結した。そして、原告は、被告会社の代表取締役であった被告小宮をマグリアの副社長にし、その後、平成元年初頃、社長に昇進させた(乙二四)。

(4) その当時の原告とマグリアの取引形態は、マグリアが原告から絹を輸入し、中国の現地の工場で安い労働力を利用して製品を加工し、再び日本に輸出するというものであった。そして、マグリアの右絹の購入単価、加工費、輸出の単価はすべて原告の指示で決められていた(乙二四、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))。

(5) 平成元年秋頃、原告は、取引先のサン・ソレーユ等から上海で一キログラム当たり金一万円以下でカシミヤ糸が調達できれば、カシミヤセーターを一万枚発注する旨の申入れを受けていた。

そこで、原告は、その頃、被告小宮に、カシミヤ糸の購入先を探すように指示し、マグリアの定款も、カシミヤ糸の取引を扱うことができるように変更した(乙二四、証人北村、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))。

(6) 同年一二月一〇日頃、原告代表者中村、北村、島田昇(以下、島田という)がカシミヤ糸の購入先を探しに上海を訪れ、被告小宮が一七廠を案内した。原告らは、一七廠のカシミヤ糸のサンプルを日本に持ち帰った(乙二四、証人北村、原告代表者(第一回))。

(7) 同月一七日、被告小宮は、上海から日本の原告にファクシミリ(甲一四)を送信した。右のファクシミリは、一七廠の工場長と打合せの結果、右カシミヤ糸の見積額は、キロ当たり単価金七、〇〇〇円である旨

(¥7,000/kg)が記載されていた(甲一四)。

(8) 原告代表者中村は、日本に持ち帰った一七廠のサンプルのカシミヤ糸を帰国後約一週間以内に財団法人毛製品検査協会中部検査所に検査を依頼した(原告代表者(第一回))。右検査の結果、一七廠のサンプルのカシミヤ糸はその混入率が一〇パーセント程度の粗悪品であることが判明した(乙二四、証人北村)。右検査結果は、遅くとも一〇日間ないし二週間ぐらいで判明した(原告代表者(第一回))。

(9) 平成元年一月一二日、原告からのカシミヤ糸のキロ当たりの単価等の問い合わせに対し、被告小宮はファクシミリ(甲二)で返信した。

これには、カシミヤ九〇パーセント混入のカシミヤ糸がキロ当たり八、〇〇〇円で購入できる旨の記載があった。このカシミヤ九〇パーセント混入のカシミヤ糸は、一般に純カシミヤ糸ないし一〇〇パーセントカシミヤ糸と指称するもので、純度の高いカシミヤ糸に当たる(甲二、九、証人北村、原告代表者(第一回)、弁論の全趣旨)。

(10) 同年二月二一日、原告代表者中村は上海の被告小宮に対し、ファクシミリ(乙三五の1)を送信した。これには、「カシミヤ糸の件、六トンの内、先に1.6トン染めの件(その内の三色=一五〇kg)は、一七毛織(一七廠の意味)でどんな理由があっても納期三/二〇までに染めて下さい」「3/末までに製品を問屋に納品しなくてはならないのです。絶対に必要なのです」と記載されている(乙三五の1、原告代表者(第一回))。

(11) 同年二月か、三月頃、小宮や原告らは、一〇〇パーセントカシミヤ糸購入のため、上海第二三廠紡織工場(以下、二三廠という)に行ったが品質が悪く購入に至らなかった(証人北村、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))。

(12) 同年二月末頃、原告代表者中村は、上海の被告小宮にファクシミリ(乙三五の2)を送信した。これには、「カシミヤ糸の強度の問題で糸のヨリ回数を調べて下さい。(二三毛織(二三廠の意味)で…)」と記載されている(乙三五の2)。

(13) 原告は、被告小宮に対し、カシミヤのセーターのコスト明細を出すよう連絡した。同年二月二七日、被告小官は、上海から日本の原告に対し、ファクシミリ(甲一〇)を送信してきた。これには、セーター一枚当たりのカシミヤ糸を三五〇グラムとすると、その単価は、金二、八〇〇円(これはキロ当たり金八、〇〇〇円に当たる)、セーター一枚当たりの総価格は、金八、六六七円と記載されていた。一枚のセーターにはカシミヤ糸が約三五〇グラム必要であるから、これをキロ当たりのカシミヤ糸の単価に直すと、セーター一枚当たり金八、〇〇〇円程度の価格を意味することになる(甲一〇、原告代表者(第一回))。

なお、甲第一〇号証(乙二八の1)の表題下欄中央に、「計三枚」との記載があるが、これはファクシミリの総枚数を示すものである。二枚目のファクシミリが乙第二八号証の2であり、これには、「今晩、再度カシミヤ三色=一五〇kg納期の件につき、一七廠工場長と交渉し分り次第連絡する」旨が記載されている(乙二八の1、2)。

(14) 同年二月二八日、原告は、右乙第二八号証の1(甲一〇)及び乙第二八号証の2のファクシミリに対する応答として、被告小宮に対し、ファクシミリ(甲一九)を送信した。このファクシミリには、原告は、「単価を見てみてびっくりしています。製品の単価は一枚当たり金六、〇〇〇円内でできるようにお願いします。」とし、今回の企画が「(もちろん糸はkg/@8,000で)」と記載されている(甲一九、原告代表者(第二回))。

(15) 同年三月四日、被告小宮は、上海から原告に対し、ファクシミリ(乙二九の1ないし6)を送信した。このファクシミリには、セーター一枚当たりの材料費、総価格は、前示甲第一〇号証のファクシミリと同じく、金八、六六七円で、これ以上減額はできず、原告において再検討されたいという趣旨のものであった。なお、これはカシミヤ糸キロ当たり金八、〇〇〇円のことに触れていない(乙二九の1ないし6)。

(16) 同年三月六日、被告小宮は、上海から日本の原告に対し、ファクシミリ(甲一一)を送信した。これには、セーター一枚当たりの糸材料費金二、八〇〇円、セーター一枚当たりの総価格は、金六、七一四円と記載されていた。

(17) 同年四月一九日、原告代表者中村、北村、島田が上海有限公司を訪れ、一〇〇パーセントカシミヤ糸の購入の打診をした。上海有限公司側は、徐培貞、厳世良らが応対した(甲一七、一八、乙四、五の各1、2、原告代表者(第一回))。

(18) 同月二二日、マグリアと上海有限公司の間でカシミヤ糸の本件売買契約(甲第三号証の契約)が締結された(甲三、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))。

(19) 同契約書中の「US$67.00/LB(ポンド)」を契約当時(平成元年四月二二日)のレート(一ドル一二八円)で円に換算すると、金八、五〇〇円/LB程度となる。これをキロ単価に換算すると、金一万八、九〇六円/kgとなる(一ポンド=0.4536キログラム)(弁論の全趣旨)。

(二) 事実のまとめ

右(一)の各事実、弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、中国語に堪能で中国の事情に通じている被告小宮を信頼していた。カシミヤ糸を取り扱う以前の絹の取引では、絹の単価等の指値はすべて原告がしていた。原告は、その後マグリアにおいてもカシミヤ糸の取引を行うこととし、その旨マグリアの定款も変更して、ファクシミリや国際電話で被告小宮に対し、カシミヤ糸の単価や交渉経過等を知らせるように連絡した。被告小宮は、これに応じてファクシミリで原告に右事項を報告している。

原告らが上海に赴いたときも、カシミヤ糸購入のため、被告小宮が原告らを一七廠や二三廠に案内した。

(2) 一七廠から日本に持ち帰ったカシミヤ糸のサンプルが粗悪な品質であることは、遅くとも平成元年初頃には判明していた。しかし、原告は、被告小宮に対し、一七廠や二三廠との取引中止を指示せず、もっと品質のよいカシミヤ糸の仕入れができるように引き続き一七廠等と交渉を継続するように指示していた。原告は、被告小宮が原告にファクシミリで連絡してきた一キログラム当たり金七、〇〇〇円から金八、〇〇〇円程度の単価を想定していた。そして、平成元年三月ないし四月頃からは、一七廠等との交渉と並行して上海有限公司との取引交渉も進められていたことから、上海有限公司との交渉も、右と同様一キログラム当たり金七、〇〇〇円から金八、〇〇〇円程度の単価を前提としたものであった。

被告小宮も、本件カシミヤ糸取引の中国側との交渉窓口(交渉代行者)となっていたのだから、当然右の単価で交渉すべきことを認識していた。このように認められる。

(三) 義務の存否のまとめ

これら右(二)の各事実に照らすと、マグリアの定款変更に伴い、カシミヤ糸の取引は、従前の絹糸、絹製品の取引同様、マグリアの業務となり、したがって、企業管理代行委託契約にいう管理業務の対象に含まれるに至ったものと認めるのが相当である。そして、現に、被告小宮は、被告会社を代表して本件カシミヤ糸の取引の中国側との交渉窓口(交渉代行者)となり、原告の指示に従いその交渉経過を詳細に報告している。また、原告も被告会社の代表者である被告小宮に対し、一キログラム当たり金八、〇〇〇円程度でカシミヤ糸を購入できるよう指値をし、被告小宮はこれを了承してカシミヤ糸の売買契約締結に努力してきた。

したがって、企業管理代行委託契約に基づき、被告会社には、原告に対する交渉経過報告等の義務(争点1)、カシミヤ糸の仕入にあたり原告の指値に従う義務(争点2)があるというべきである。

(四) 被告会社の主張の検討

(1) 争点1に関する被告会社の主張の検討

企業管理代行委託契約が締結された際、原告とマグリアは絹の輸出入、加工の取引のみをしていた。だから、右契約は、絹の取引についてのみ適用され、その後に行われるようになったカシミヤ糸の取引には適用されない。したがって、企業管理代行委託契約からは、原告主張の争点1の義務は生じない。このように、被告会社は主張する。

しかし、企業管理代行委託契約はマグリアの原告関係の業務一切の委託に関するものである以上、マグリアが原告との関係でカシミヤ糸を扱うようにすれば、当然、カシミヤ糸の取引に関する業務も右委託契約内容に含まれることになると解するのが当事者の合理的意思に合致する。

しかも、前認定のとおり、マグリアは、カシミヤ糸を扱うため、その定款を変更している。とすれば、特段の事情がない限り、企業管理代行委託契約は、契約当時に原告とマグリアが行っていた絹の取引に限定されず、カシミヤ糸の取引にも適用されるものというべきである。

なお、被告会社は、企業管理代行委託契約の業務は絹の取引に限定されると主張しながら、他方で、企業管理代行委託契約に基づき、本件カシミヤ糸の取引の口銭を反訴として請求している(弁論の全趣旨)。

右の各事実に照らすと、被告会社の前記主張は失当である。

(2) 争点2に関する被告会社の主張の検討

カシミヤ糸一キログラム当たり金七、〇〇〇円ないし金八、〇〇〇円の取引は、一七廠や二三廠との取引の前提であり、上海有限公司との本件取引は、甲第三号証のとおり一キログラム当たり約二万円程度(一LBS当たり六七ドル)の価格を前提としていた。だから、被告会社には、上海有限公司との取引についてまでマグリアがカシミヤ糸を仕入れるに当たり一キログラム当たり金八、〇〇〇円の指値に従う義務は存在しない。このように、被告会社は主張し、これに副う被告小宮兼被告会社代表者(第一回)の供述がある。

しかし、前掲(一)冒頭挙示の各証拠、弁論の全趣旨に照らして、右供述はたやすく措信できない。

しかも、被告会社主張のとおり、上海有限公司との本件取引が一キログラム当たり約二万円程度の価格を当然の前提としていたというのは、以下の点で不合理なものである。

即ち、本件では、上海有限公司から仕入れたカシミヤ糸をマグリアが製品に製造し、それを購入した原告が北村の経営するサン・ソレーユに製品を納入するという取引形態がとられていた。

一七廠や二三廠との取引では、カシミヤ糸の一キログラム当たりの単価が、金七、〇〇〇円ないし金八、〇〇〇円を前提としていたのに、平成元年の三月ないし四月頃になって上海有限公司との本件取引が浮上してから、急に一キログラム当たりの単価がその倍以上の金二万円程度の価格にはね上がった。とすれば、被告小宮は、マグリアの代表者として製造する製品の単価、原告は、マグリアから輸入する製品の単価、そして、サン・ソレーユの代表者である北村は、その納入する製品の単価につきその見直しをそれぞれ迫られていたはずである。

それなのに、被告小宮は、マグリアの営業部が作成した上海有限公司との本件カシミヤ糸の取引のコスト計算書に目を通したと言いながら一キログラム当たりの単価につき明確な供述をしない(被告小宮兼被告会社代表者(第一回))。しかも、その後高値のコスト計算につき、前認定(一)(14)のとおり、原告からキログラム単価金八、〇〇〇円の指摘を受けたのに、同(15)のとおり、右単価の点には全く言及していない。又、原告は、マグリアから仕入れる製品の価格を一キログラム当たり金八、〇〇〇円の単価を前提としており、甲第三号証の契約締結の際、一キログラム当たり約二万円などという高い価格を全く想定していなかったことがうかがえる(甲一五の1ないし13、原告代表者(第一回))。

さらに、北村も、一キログラム当たりの単価金八、〇〇〇円で一万枚のセーターを販売するという当初の計画を変更していない(証人北村、弁論の全趣旨)。

これらの事実からしても、被告会社の右主張は採用できない。

2 本件売買契約の当事者、被告会社の義務違反の有無(争点3)の検討

(一) 本件売買契約の当事者

(1) 前示のとおり、平成元年四月二二日、甲第三号証の契約(本件カシミヤ糸売買契約)が上海有限公司とマグリアとの間で締結された。そして、前示のとおり、被告会社に認められる前示争点1、2の義務は、右売買契約にも及ぶものと解すべきである。

この点、被告会社は、甲第三号証の契約は、その後の甲第四号証の契約(変更契約)によって当事者がマグリアから原告に変更され、上海有限公司と原告の直接取引になった。この直接取引についてまで前示争点1、2の義務が及ぶものではないと主張する。この点につき検討する。

(2) 被告会社の右主張に副う契約書(甲四)、カシミヤ糸に関する契約書(乙一)、付款保証書(乙二の1、2)、上海有限公司の報告書(乙四、五の各1、2、六、七)、被告小宮兼被告会社代表者尋問(第一回)の結果がある。そのうえ、付款保証書(乙二の1、2)及び原告代表者尋問(第一回)によれば、平成元年一一月二二日、原告代表者中村は、上海有限公司に対し、未払いの売買代金の支払を承諾し、分割弁済約定書を作成していることが認められる。

(3) しかし、他方、証拠(原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回)の一部)、弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

イ 原告自身は、中国語も英語も不得手であり、中国の事情にも通じていない。他方、被告小宮は、中国語に堪能で中国の事情にも通じている。

ロ 被告小宮は、原告に対し、上海有限公司から中国の税制上、買主を日本の法人である原告に形式上変更して欲しいとの要請がある旨を伝えた(乙四、五の各1、2)。

原告は、中国語に堪能な被告小宮を中国の事情に通じている者として信頼していたから、被告小宮に言われるままに甲第四号証の契約書に署名した(原告代表者(第一回))。

ハ 被告提出の本件カシミヤ糸の契約書(以下、乙第一号証の契約書という)には、甲第三号証の契約書と異なり、売方(売主)の署名がない。

しかも、乙第一号証の原本は提出されておらず、右の売買契約には、被告小宮は関与していない(被告小宮兼被告会社代表者(第一回)、弁論の全趣旨)。

ニ 付款保証書(乙二の1、2)は、マグリアの上海有限公司に対する甲第三号証の契約の未払代金の支払を保証したものである。原告は、その支払いを右保証書で約定した平成元年一〇月から平成二年二月までの間には全く実行できずにおり、その後銀行からの借入等によって平成四年一二月になって漸く返済を終えた。それは、原告にとっては予想外の負担であった(原告代表者(第一回))。

これらのことから考え併せると、右付款保証書は、マグリアが当初の原告の指値と実際の仕入価格との差額を支払えなかったことから、止むなく原告が合弁契約の趣旨に従い作成するにいたったものと推認できる。

ホ 本件カシミヤ糸の取引が上海有限公司と原告との直接取引であるとすれば、上海有限公司から仕入れたカシミヤ糸をマグリアが製品に製造し、それを輸入した原告が北村の経営するサン・ソレーユに製品を納入するという当初からの本件の取引形態にそぐわない。そして、甲第四号証の契約(変更契約)後も本件カシミヤ糸は、上海有限公司からマグリアに順次納入されていた(原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))。

(4) これらの事実からすれば、特段の事情がない限り、被告会社の主張に副う前掲各証拠によっても、本件カシミヤ糸の取引が原告と上海有限公司との直接取引に変更されたと認めることはできず、被告会社の前記主張は採用できない。

(二) 被告会社の義務違反の有無

(1) 被告会社の前示争点1、2の義務違反の有無につき検討する。

証拠(甲五、乙二二、証人北村、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回)の一部)、前認定第三の一1(一)の各事実(本件カシミヤ糸の取引経緯)、後示第三の一4(一)(1)認定の各事実(本件の損害賠償に関する紛争の存在等)、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

イ 原告は、被告小宮に対し、上海有限公司とマグリアのカシミヤ糸の取引は、一キログラム当たり金八、〇〇〇円前後の価格を前提として進めるように指示していた。

ロ 甲第三号証の契約では、カシミヤ糸の単価は一LB(ポンド)当たり六七USドルで定められていたが、これを一キログラム当たり六七USドルとして契約当時レートで換算すると、キロ単価が約八、五〇〇円程度の価格となる(弁論の全趣旨)。

ハ 原告代表者中村や北村は、前示のとおり中国語も英語も不得手であり、中国の事情にも通じていない(証人北村、原告代表者(第一回)、弁論の全趣旨)。

ニ 原告代表者中村や北村は、カシミヤ糸の取引において、ポンドがLBないしLBSと表示されることを知らなかった。

ホ 中国のカシミヤ糸の取引においては、各公司(各会社)において重量の単位はポンドとキログラムの双方を用い、統一されていない(乙二二、被告小宮兼被告会社代表者(第一回)の一部、弁論の全趣旨)。

ヘ 被告小宮は、平成元年四月二二日、甲第三号証の契約をした直後、宿泊していた日航龍柏ホテル(以下、日航ホテルという)で、原告代表者中村、北村、島田の面前において土下座をして謝った。そして、右のことに関し、被告小宮は、原告及び北村に対し、個人として本件の損害賠償に関し責任を負う旨の念書(甲五)を作成した。

(2)  右(二)(1)イないしへの各事実からすれば、マグリアの代表者である被告小宮は、平成元年四月二二日、LBS(ポンド)とキログラムの単位の取り違いによって上海有限公司と甲第三号証の契約を締結してしまったものであると推認できる。

そうすると、右被告小宮の行為は、被告会社の代表者として企業管理代行委託契約に伴う前示被告会社が負う争点1、2の義務に違反した債務不履行行為であるというべきである。

(3) 被告会社の主張の検討

これに対し、甲第三号証の契約当日、原告代表者中村や北村は電卓でLBS(ポンド)をキロに換算し、その単価を十分認識した上で、さらに、上海有限公司と値下げ交渉をするなどして甲第三号証の契約を締結した。だから、被告会社の代表者である被告小宮には、何ら義務違反はない。このように、被告会社は主張し、それに副う証拠(乙二四、三六の1ないし3、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))を提出している。

しかし、右書証(乙二三、三六の1ないし3)は、いずれも中国のウルムチにおけるカシミヤ綿の取引に関するもので、これらは甲第三号証の契約によって生じた差額相当分の損害を右ウルムチでの取引で取り返すために行われたものである(原告代表者(第一回)、弁論の全趣旨)。

そうすると、被告会社主張に副う前掲各証拠によって前示第三の一2(二)(2)の認定(被告会社の債務不履行行為)を左右するものではなく、他に右認定を覆すに足る的確な証拠がない。

よって、被告会社には、争点1、2の義務に違反する債務不履行行為が認められる。

3 損害の有無と額(争点4)の検討

(一) 損害発生との因果関係

(1) 証拠(甲七の1、2、原告代表者(第一回))及び弁論の全趣旨によれば、平成元年一一月二二日、原告は、合弁契約の趣旨に従い、上海有限公司との間で甲第三号証の契約の残代金として七三万八、八七六USドルをマグリアに代わって支払う旨の合意をした。右残代金には、前示被告会社が原告に対する交渉経過報告等の義務(争点1)、カシミヤ糸の仕入にあたり原告の指値に従う義務(争点2)に違反したことにより生じた本件カシミヤ糸のマグリアの実際の仕入額と原告の指値との差額相当額が含まれている。原告は、平成四年一二月までに右残代金全額の返済を終えた。このように認められる。

(2) 前認定一1(一)、2(二)(3)の各事実とその経緯、弁論の全趣旨によれば、仮に被告小宮が単価を取り違えることなく、原告の指値に従っていたならば、上海有限公司は原告の措置である一キログラム金八、〇〇〇円の単価では本件カシミヤ糸の取引に応じないことは明らかである。

そうであるなら、本件カシミヤ糸の買主であるマグリアは、被告小宮の過失により原告の指値に従わなかったという債務不履行行為がなかったならば、本件カシミヤ糸を買付け、その代金を支払うこともなかったものといわねばならない。

そして、原告は、上海有限公司に対し、被告会社の債務不履行により、マグリアに生じた右売買残代金全額五、九三九万九、五二九円を合弁契約の趣旨に従い、支払う合意をせざるを得なくなり、その支払義務の負担及び履行によって損害を受けたものといわねばならない(甲七の1、2)。しかも、右各事実とその経緯、弁論の全趣旨によれば、被告会社の代表者である被告小宮は、甲第三号証の契約時点において、原告とマグリア間の取引形態及びマグリアが原告と中国資本の合弁会社であり、合弁契約の趣旨に従い原告がマグリアに損失が生ずればこれを負担し、損害を負うに至ることを十分認識していたと認められる(弁論の全趣旨)。だから、被告会社には、原告の右支払義務の負担及びその履行による損害を予見することが可能であったというべきである。

したがって、原告の右支払義務負担及びその履行による損害は、前示被告会社の債務不履行行為と相当因果関係の範囲(民法四一六条)にある損害というべきである。

(二) 損害賠償額

(1) 前示のとおり、本件カシミヤ糸の売買にあたり、被告会社のキログラムとポンドの重量単位の取違いがあったにもかかわらず、本件売買取引が実行され、マグリアが売買代金全額を支払って本件カシミヤ糸の引渡を受けていることは当事者間に争いがない。そうすると、マグリアの受けた損害は右本件売買代金から納品を受けた本件カシミヤ糸の時価を差し引いた残額であるといわねばならない。そして、本件全証拠によっても、カシミヤ糸の当時の時価が原告の指値である一キログラム金八、〇〇〇円であると認めるに足りない。むしろ、被告会社が中国で八方手を尽くしても一〇〇パーセントカシミヤ糸は本件取引における一ポンド当たり六七USドル(US$67/LBS)、即ち、一キログラム金一万八、九〇六円以下のものが見つからなかったことが認められ、他に、本件カシミヤ糸の時価が右価額以下のものであったと認めるに足る的確な証拠がない。

なお、原告は、右売買価額との差額が損害であると主張する。

しかし、前示のとおり、被告小宮がその指値に従っていれば、そもそも本件カシミヤ糸の売買契約は成立しなかったものであるから、単純に右差額をもって実損害であるということはできない。

(2) 右の点のみからみれば、マグリアに損害が生じたとはいえないが、次の事実に照らし、マグリアないし原告には以下の損害が発生したものというべきである。

即ち、本件では、前示のとおり、上海有限公司から仕入れたカシミヤ糸をマグリアが製品に製造し、その完成品を輸入した原告が北村の経営するサン・ソレーユに製品を納入するという取引が予定されていた。

そして、前認定一1(一)(9)ないし(16)の各事実、証人北村の証言、原告代表者(第一回)本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、遅くとも平成三年二月二一日には、マグリア、原告、サン・ソレーユとの間で右の予定された取引の本契約を締結したものと認められる。この製品のコストはすべて当初の原告の指値に基づいて計算されたものであるから、甲第三号証の契約によってマグリアの仕入額が当初の原告の指値の倍近くの単価であることが判明したからといって、原告ないしマグリアがサン・ソレーユに対し、直ちに右単価を前提に製品コストの大幅な減額を求めることは、前認定一1(一)の経緯、とくに同(一)(5)の事実に照らしても、不可能なことであった。そして、現に、原告は、当初の指値である一キログラム当たり金八、〇〇〇円の単価を前提にマグリアからカシミヤのセーターの仕入れをしている(甲一五の1ないし13、原告代表者(第一回))。

これらの事実によれば、被告会社の前示原告らの指値に従わなかった債務不履行行為によりマグリアないし原告はサン・ソレーユとの間でカシミヤ糸一キロ金八、〇〇〇円の原価計算によるカシミヤセーターの売買契約をし、これにより損害を受けたものと認められる。そして、この契約による損害額は、前示のとおり、上海有限公司からの買入れ額(一キロ金一万八、九〇六円)と原告の指値額(一キロ金八、〇〇〇円)との差額そのものではなく、右買入額からサン・ソレーユの右契約額と、この取引によるマグリア、原告の利益を控除した額により算定するのが相当である。

なお、利益を控除するのは、もともと被告会社が原告の指値に従っていれば、カシミヤ糸の取引も成立せず、サン・ソレーユとの右取引もなかった筈だからである。

そして、前認定一1(一)(13)ないし(16)、証拠(乙一三の2、三三、証人北村、原告代表者(第一回))、弁論の全趣旨に照らし、マグリア及び原告の右取引による利益はカシミヤ糸原価の各三割、両者を通じて計六割を超えることはないと認められる。

そうすると、カシミヤ糸一キログラム当たりの原告の損害は、金六、一〇六円(18,906−8,000−4,800=6,106)となる。

(3) 損害額の計算

イ 証拠(甲六の1ないし7、原告代表者(第一回))によれば、マグリアは、次のとおり、上海有限公司との甲第三号証の契約によって総計1万2,007.4LBS(平成元年八月二八日の返品分を控除)のカシミヤ糸を購入したことが認められる(なお、前認定第三の一2(一)(3)ハの事実に照らし、乙第一号証の契約書記載のカシミヤ糸の取引はされなかったものと推認できる)。

平成元年四月二六日

29.6LBS(甲六の1)。

五月 五日

九五〇LBS(甲六の2)。

五月二〇日

九一三LBS(甲六の3)。

六月一九日

一、四七〇LBS(甲六の4)。

七月二五日

六、六二九LBS(甲六の5)。

八月二五日

二、〇七四LBS(甲六の6)。

返品分 八月二八日

五八LBS(甲六の7)。

(合計) 1万2,007.4LBS(1LBS≒0.4536キログラムで計算すると、1万2,007.4LBSは、5,446.5キログラムとなる)

ロ そうすると、原告の損害は、次の計算式のとおり、金三、三二五万六、三二九円であり、前示原告がマグリアに支払った損失補填額の範囲内である同金額が原告の損害額となる。

6,106×5,446.5=33,256,329

(4) 被告会社の主張の検討

これに対し、被告会社は、原告はサン・ソレーユに納入する製品の卸売価格を高くすることによって、マグリアのカシミヤ糸の仕入価格が上昇したことによる損害を解消できるのだから、原告の実損害は単純な単価の差額の合計であるとはいえないと主張する。そして、これに副う乙第一三号証の2によれば、品番A―八九三の商品はマグリアが金七、六〇〇円で原告に出荷しており、乙第三三号証によれば、原告のサン・ソレーユへの卸売価格は金二万二、四〇〇円であって、マグリアが出荷した価格の約三倍の価格で販売しているというのである。

しかし、乙第三三号証の商品は、サンプルとしてサン・ソレーユに納品したものであってその価格にはデザイン料も含まれているから、これを本件カシミヤ糸によるセーターの売買全体の卸売価格とみることはできない(原告代表者(第一回)、弁論の全趣旨)。これに前認定の、原告がマグリアの実際の仕入額と原告の指値との差額相当額の支払義務を上海有限公司に対し負担している事実を考え併せると、原告、マグリアには前認定のとおり、両者を合わせても原材料の六割の利益を超える利益があるとはいえず、被告会社主張のように原告が製品の卸売価格の調整によりその損害全部を解消したものと認めることはできないから、被告会社の前記主張は採用できない。

したがって、争点4(損害)の原告主張は前示限度で認められる。

以上のとおり、争点1ないし4につき原告の主張は前示認定の損害額の限度で理由があるから、被告会社に対する甲事件の本訴請求の請求原因は右限度で認められる。

(三) 過失相殺の抗弁

右損害(争点4)に関し、被告会社主張の過失相殺の抗弁につき判断する。

証拠(証人北村、原告代表者(第一回)、被告小宮の一部、被告会社代表者第一回の一部)によれば、前示第二の四1(一)(2)ホ(イ)(原告代表者中村が甲第三号証の契約(本件売買契約)に同席していたのにその単価につき異議を述べなかったこと)、(ロ)(右中村は、契約後、キロとポンドの単位の間違いを発見したにもかかわらず、契約を履行したこと)の各事実が認められる。

他方、被告小宮に過失がある以上、甲第三号証の契約(本件カシミヤ糸の売買契約)が必ずしも錯誤による無効であることを主張できるものとはいい切れない。又、甲第三号証の契約書の販売単価、数量の点は簡単な英語で書かれている。右中村が契約の無効を主張せず、契約の履行をすすめたのは、前示のとおり、原告がサン・ソレーユなどに既に本件カシミヤ糸を用いた製品の納入契約をしていたことによるものである。これらのほか本件訴訟に現れた一切の事情(弁論の全趣旨)を総合すれば、原告代表者中村の右各行為には、本件損害の発生に寄与した過失を認めることができ、その寄与の割合も低くない。

そうすると、本件損害賠償額の算定にあたっては、原告の右過失を考慮し、原告の損害に四割の過失相殺をするのが相当である。

したがって、争点4に関する被告会社主張の過失相殺の抗弁は右の限度で理由がある。

そして、原告の損害の全額は、前示のとおり、金三、三二五万六、三二九円となるから、これに四割の過失相殺をした残余金額は、金一、九九五万三、七九七円(円未満切捨て)となる。被告会社に対する甲事件の本訴請求は、金五、九三六万四、六五七円であるから、その範囲内である右過失相殺後の金一、九九五万三、七九七円が損害賠償額である。

(四) まとめ

したがって、被告会社に対する甲事件の本訴請求は、右金一、九九五万三、七九七円及びこれに対する記録上明らかな本訴状送達日の翌日である平成二年五月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金請求の限度で理由がある。

(被告小宮の責任)

4 原告と被告小宮との間の和解契約の成否、その効力(争点5)の検討

(一) 被告小宮と原告との間の本件損害賠償に関する紛争の存否

(1) 証拠(甲九、一六の1、2、一七、一八、乙二四、証人北村、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告会社代表者(第一回)の一部)、弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

イ 平成元年四月二二日、原告代表者中村、島田、北村の三名は、上海を訪れ、上海有限公司とマグリアとの甲第三号証の契約に立ち会った。

右同日、右原告代表者中村らは、宿泊していた日航ホテルに帰って後、甲第三号証のキロとポンドの単位の違いに気が付いた。そこで、同人らは、右同日の夜、被告小宮を追及したところ、同人は、原告代表者中村のツインの部屋で甲第三号証の単位の間違いを土下座して謝罪した(証人北村、原告代表者(第一回)、弁論の全趣旨)。

なお、被告小宮は、島田は同月二二日に帰国したと供述するが、甲第一七号証(島田の旅券)によれば、島田は同月二三日に帰国している事実が認められるから、右事実に反する被告小宮の供述は信用できない。

ロ 右二二日の夜、被告小宮は、右中村らに土下座をして謝罪した際、上海の現地で被告小宮が以前、弱電気のメーカーに勤めていた関係で、その社長に保証人になってもらって金を借りるとか、中国の銀行から借り入れて弁償する等と述べた(証人北村、原告代表者(第一回))。

ハ その後、被告小宮は、日航ホテルのロビーに交通銀行の者二名を連れて来て、同銀行の三〇万ドルと一〇万ドルの借入に関する融資書類を原告代表者中村らに見せた(甲一六の1、2、証人北村)。

ニ 同年五月一二日、原告代表者中村は、上海を訪れ、甲第四号証の契約書に署名をしたが、この時点では、島田、北村は、上海に来ていなかった(被告小宮兼被告会社代表者(第一回)の一部)。

ホ 同年一〇月末、マグリアの役員会で被告小宮をその代表者の地位から辞職させることが決まり、同年一一月をもって被告小宮はマグリアを退社した(甲九、乙二四、原告代表者(第一回))。

ヘ 同年一一月一六日、被告小宮は「私の責任において今回の事業(上海マグリア)を推行[遂行の誤記]しました。その結果過大な損失を生じたことについて一切の責任を負うことを確約します。但しその履行については今後の話し合いとします」という記載のある念書(甲五)に署名した(争いがない)。

(2) 右(1)イないしヘの各事実に前認定の被告会社の債務不履行の事実を考え併せれば、被告小宮は、キロとポンドの取り違いから、マグリアに原告の指値をはかるに上回る高値でカシミヤ糸の仕入れをさせたことにより実際の仕入額と原告の指値との差額相当額につき、原告から個人としての損害賠償責任を追及されていたことを推認できる。

(3) 被告小宮の主張の検討

イ これに対し、被告小宮は、原告代表者中村らが日航ホテルにいた頃、同被告はマグリアにおり、前認定の同被告の土下座の事実は認められないと主張する。そして、これに副う次の供述証拠(被告小宮兼被告代表者(第一回、第二回)及び書証(乙三七、三八)を援用している。

ロ 被告小宮は、次のように供述する。

(イ) 上海有限公司における甲第三号証の調印は、平成元年四月二二日の午後五時ないし六時頃(夕方)であった。

(ロ) 右契約調印後、被告小宮は、原告代表者中村、北村と別れてそのままマグリアに帰った。

(ハ) 上海有限公司からマグリアまでは自動車で約三時間かかる。

(ニ) マグリアでは、深夜まで仕事をし、被告会社の本社宛てファクシミリを送信した。

(ホ) 日航ホテルには、マグリアからタクシーで帰った。日航ホテルに帰った時間は、翌日(二三日)の午前二時ないし三時頃である。

ハ そして、証拠(甲二三、乙三七)、弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(イ) 平成元年当時のマグリアでは、ファクシミリ機一台を使用しており、そのファクシミリ機の番号は「359694」であった(甲二三)。乙第三七号証の文書の上方には、「0086―21―359694」の番号の記載がある。

(ロ) 甲第三七号証は被告小宮の自筆で被告会社の本社に宛てた内容の文書である。同号証の上方に、「APR 22' 89 23:07 FROMマグリア」の記載がある。

これからすると、平成元年四月二二日の午後一一時七分、被告小宮作成の被告会社本社に宛てた文書がマグリアのファクシミリから送信された事実を認めることができる。

ニ しかし、ファクシミリの送信はマグリアの社員であれば自由になしうることを考えると、右の事実のみでは、被告小宮自身が右ファクシミリを送信した事実まで裏付けるものではない。又、前示第三の一4(一)(1)イないしヘの各事実(原告と被告会社間の本件損害賠償に関する紛争の存在等)及び弁論の全趣旨に照らせば、乙第三八号証は、平成元年四月二三日の午前二時ないし三時頃、被告小宮がマグリアから日航ホテルにタクシーで帰った際の領収証であることまで認定できるものではないし、これに副う被告会社代表者(第二回)の結果部分も遽に信用することはできない。

そうすると、前示第三の一4(一)(3)ロ(イ)、(ロ)の各事実及び被告小宮の主張に副う前掲各証拠によって、前示第三の一4(一)(2)の認定(原告から被告小宮が個人として損害賠償責任の追及を受けていたこと)を覆すことはできず、その他、右認定を左右するに足りる的確な証拠がない。

したがって、被告小宮は、原告から個人としての本件の損害賠償責任を追及されていた事実が認められる。

(二) 被告小宮と原告との間の和解契約の成否

甲第五号証の署名は、被告小宮のものであることは争いがないから、その成立が推定されるというべきである(民訴法三二六条)。

これに対し、被告小宮は、甲第五号証の書面は、当初の内容と異なっており、後で書き加えられたものであると主張して、その成立を争い、これに副う被告小宮兼被告会社代表者(第一回)の本人尋問結果部分がある。

そこで、右の点を検討する。

確かに、甲第五号証の二枚目の本文四、五行目には、いったん書いて消したかのような跡が残っている。しかし、これを子細に見ると、甲第五号証本文一枚目の四、五行目の文字の跡がボールペンの筆圧によって映っているものであると認められる。しかも、証拠(証人北村、原告代表者(第一回))、弁論の全趣旨によれば、甲第五号証は、原告の経理担当者が書いたものを被告小宮に確認してもらい、署名をもらったものであること、甲第五号証の一枚目と二枚目には契印の代わりにその上部に被告小宮自身がサインをしていることの各事実を認めることができる。これに前認定の原告、被告小宮間の本件損害賠償に関する紛争の存在を考え併せれば、被告小宮の主張に副う前掲各証拠によって甲第五号証の成立を左右できないというべきである。

そうすると、甲第五号証によれば、平成元年一一月六日、被告小宮は、原告との間で前示第三の一4(一)の損害賠償の紛争に関し一切の責任を負うことを約し、他方、原告は、その支払義務の履行を一時猶予することとして本件損害賠償に関する和解契約を締結した事実が認められる。

そして、甲第五号証には、「一切の責任を負うことを確約します」「その結果予定価格と実際価格との差額約六、〇〇〇万円」との記載がある。

これは、その趣旨を前認定の被告会社の債務不履行の事実を斟酌して合理的に解釈すると、被告会社が原告に対して最終的に負担する客観的な損害賠償額につき、被告小宮個人もそれと同額の損害賠償額を支払う旨原告に対して約したものと考えられる。前示のとおり、被告会社が原告に対し負担する客観的な損害額は、過失相殺後の金一、九九五万三、七九七円であるから、本件の和解契約も、右と同額の金一、九九五万三、七九七円につき成立しているというべきである。

(三) 虚偽表示の抗弁

(1) 次に、和解契約(争点5)に対する被告主張の虚偽表示の抗弁につき判断する。

なるほど、証拠(証人北村、原告代表者(第一回)、被告小宮兼被告代表者(第一回)の一部)、弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。

イ 平成元年一一月頃、サン・ソレーユは資金繰りが悪化しており、北村は、その代表者として銀行からの借入金の返済について、その裏付けがあることを説明する必要に迫られていた。そこで、平成元年一一月六日、原告の京都の事務所に北村、小宮が集まった。北村は、被告小宮に対し、銀行に対し借入金返済の裏付けを示すためには、同被告が本件カシミヤ糸取引の責任をとることを口約束ではなく、念書を作成して約束しなけれはならない旨を説得した。

しかし、被告小宮は、書面を作成するのは嫌だと述べて、一度はその作成を拒んだ。

ロ 念書(甲五)は、被告小宮の署名を除いては、原告の経理担当の島田が記載して作成した。

ハ 念書(甲五)記載の「約六、〇〇〇万円」の金額は、被告小宮が個人として支払う金額としてはかなり高額である。

(2) しかし、前認定のとおり、原告、被告小宮間の本件損害賠償に関する紛争の存在、被告小宮が原告らに銀行から金を借りる等と述べていること、日航ホテルのロビーに交通銀行の者を連れてきて融資書類を見せたことの各事実などに照らすと、右(三)(1)イないしハの各事実のみによって被告小宮主張の虚偽表示の事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足る的確な証拠がない。

よって、被告主張の虚偽表示の抗弁は採用できない。

(四) まとめ

以上のとおり、被告小宮は、原告に対し、本件和解契約に基づき被告会社と同額の金一、九九五万三、七九七円の支払債務を負う。

したがって、被告小宮に対する甲事件の本訴請求は、右金一、九九五万三、七九七円及びこれに対する記録上明らかな本訴状最終送達日の翌日である平成二年五月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金請求の限度で理由がある。

二  反訴乙事件(手数料等反訴請求事件)

1  被告会社の原告に対する手数料等の債権の存否(争点6)の検討

(一) 企業管理代行費用

原告、被告会社間の企業管理代行委託契約の締結は当事者間に争いがなく、平成元年八月ないし一一月の経過は顕著である。

したがって、被告会社は、原告に対し、金一二〇万円の企業管理代行費用債権を有している。

(二) 口銭債権

(1) 証拠(乙八、九、一〇の1ないし5、一一、一二、一三の1、2、一四、一五、一六の1ないし3、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))、弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。

イ 平成元年七月二六日から同年九月二〇日までの間、被告会社は、マグリアから原告に別紙一1記載のとおり、総計五、四九六PCS、売買代金総額金二、九二五万九、〇〇〇円相当の商品(カシミヤ、シルク)を輸入した(乙八、九、一〇の1ないし5)。

ロ 平成元年九月三〇日から同年一〇月一二日までの間、被告会社は、マグリアから原告に別紙一2記載のとおり、総計三、二四五PCS、売買代金総額金一、六七〇万一、三〇〇円相当の商品(カシミヤ、シルク)を輸入した(乙一一、一二、一三の1、2)。

ハ 平成元年一〇月二〇日から同年一一月一〇日までの間、被告会社は、マグリアから原告に別紙一3記載のとおり、総計一、五六一PCS、売買代金総額金七六一万三、一〇〇円相当の商品(カシミヤ、シルク、タイヤフレッシュ)を輸入した(乙一四、一五、一六の1ないし3)。

(2) これらの事実からすれば、平成元年の一年間に被告会社が原告のために輸入した商品は、総計一万〇、三〇二PCS(着)以上ということになる。そして、企業管理代行委託契約によれば、年間七、〇〇〇着の場合、輸入にかかる口銭は売買代金の一〇パーセントであるから、右のように七、〇〇〇着を超える場合も、その口銭の割合は一〇パーセントと認めるのが相当である。

よって、商品の売買代金の総計は、金五、三五七万三、四〇〇円であるから、その一〇パーセントに相当する金五三五万七、三四〇円の限度で被告会社は、原告に対し、口銭債権を有している。

(三) スワトー刺繍の売買代金

証拠(乙一七、被告小宮兼被告会社代表者(第一回))、弁論の全趣旨(右売買代金の一部を原告が被告会社に対し支払っていること)によれば、別紙二記載のとおり、原告、被告会社間においてスワトー刺繍の売買がなされたことが認められる。

よって、被告会社は、原告に対し、スワトー刺繍の売買残代金一三一万一、五四八円の債権を有している。

(四) 運送費用の立替金

被告会社が企業管理代行委託契約に基づき原告のマグリアへの輸出手続を代行していたことは、当事者間に争いがない。証拠(乙一八、被告小宮、被告代表者第一回)によれば、次の事実が認められる。

被告会社は、マグリアへの細シルクの輸出手続を行っていた。平成元年一〇月一二日、右輸送を日通航空に依頼し、被告会社はその費用として金一万七、三九一円を立て替えている。同年一一月六日、同じく日通航空に運送費用金一万九、〇一一円を立て替えている。このように認められる。

右各事実によると、被告会社は、運送費用合計金三万六、四〇二円を委任事務に必要な費用として支出したことが認められる。

よって、被告会社は、原告に対し、金三万六、四〇二円の立替金債権を有している。

(五) マグリアの事務用品、カレンダー印刷費用等

被告会社が企業管理代行委託契約に基づき、マグリアの日常業務経営の管理をしていたことは、当事者間に争いがない。

証拠(乙一九、二〇)によれば、被告会社がマグリアの事務用品の購入のために別紙三記載のうち、番号1ないし4の金五万七、四九三円の費用を支出した事実が認められる。しかし、別紙記載のうち、番号5ないし9の費用支出については、それを裏付ける領収証等の的確な証拠がなく、右費用支出に副う記述証拠(乙二四、被告小宮兼被告代表者(第一回))のみでは右支出の事実を認めることができない。

したがって、被告会社は、原告に対し、別紙三記載の番号1ないし4の合計金五万七、四九三円の限度で債権を有していることが認められる。

2  まとめ

以上をまとめると、被告会社の原告に対する反訴乙事件の反訴請求は、次のとおり、金一、一〇五万五、一三四円のうち、金七九六万二、七八三円及びこれに対する記録上明らかな反訴状送達日の翌日である平成二年一〇月二七日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の請求の限度で理由がある。

被告会社の主張額 裁判所の認容額

企業管理代行費用 金一二〇万円同上

口銭(手数料) 金八〇三万六、〇一〇円 金五三五万七、三四〇円

スワトー刺繍代金 金一三一万一、五四八円 同上

運送費用の立替金 金三万六、四〇二円 同上

事務用品等の費用 金四七万一、一七四円 金五万七、四九三円

(合計) 金一、一〇五万五、一三四円 金七九六万二、七八三円

三  反訴丙事件(立替金反訴請求事件)

1  被告小宮の原告に対する立替金債権の存否(争点7)の検討

被告小宮は、上海オリンピックホテルの滞在費を支出し、その費用を原告が負担する旨を約したと主張し、これに副う証拠(乙二一、二四、被告小宮兼被告代表者(第一回))がある。

しかし、乙第二一号証の明細書には、用途、金額等の記載があるのみで、それを裏付ける領収証等の的確な証拠がない。

そして、被告小宮はその本人尋問及び代表者尋問(乙二四も同旨)において、右費用支出の時期や目的を明確に供述していないし、そもそも、企業管理代行委託契約に基づき原告が被告会社に対し、毎月支払うべき金三〇万円の費用の内には三〇日分のホテル代が含まれている(甲一)。しかも、マグリアの業務管理に要した費用は、被告会社が原告に請求すべきものであって、被告小宮個人が原告に対し請求すべきものではない。これらを考え併せれば、前掲各証拠によっても被告小宮主張の右事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

2  まとめ

よって、被告小宮が原告に対してする反訴丙事件の立替金反訴請求は理由がないから、棄却を免れない。

第四  結論

以上のとおりであるから、主文のとおり、甲事件、反訴乙事件の各一部を認容し、甲事件、反訴乙事件のその余の請求、反訴丙事件の請求全部を棄却する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官中村隆次 裁判官河村浩)

別紙一〜三〈省略〉

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